愛宕山や由緒ある寺院の佇まいを活かして再開発された、東京・港区の愛宕グリーンヒルズ

愛宕山や由緒ある寺院の佇まいを活かして再開発された、東京・港区の愛宕グリーンヒルズ

2015年6月、地域のまちづくりに関わる興味深いニュースが耳目を集めた。都市開発のトップランナーである森ビルグループが、大本山永平寺・福井県・永平寺町と協力して永平寺門前町の再構築に乗り出すことが報じられたのだ。

永平寺といえば、横浜市の総持寺と並ぶ日本曹洞宗の大本山。道元による寛元2(1244)年の開山以来、約770年の伝統を持つ修行道場である。約10万坪の境内には70を超える大小の堂舎が並び、今も200名余りの雲水が厳しい禅の修行に明け暮れる。その禅の聖地で、森ビルがどのような役割を果たすのか。
地方のまちづくりや再開発を担当する森ビル都市企画株式会社の取締役開発企画部長・田中敏行氏に話を伺った。

「永平寺のプロジェクトを手がけることになったのは、愛宕グリーンヒルズ(東京・港区)で事業をご一緒した曹洞宗寺院・青松寺とのご縁がきっかけです。元々、森ビルの新人寮が青松寺の敷地内にあり、また長年にわたり協働で事業を進めてきたこともあって、青松寺とは関係が深かった。
その後、2010年に永平寺で倒木による被害があり、永平寺では原因究明と安全対策のため、境内の樹木を調査することになりました。その際、青松寺とのご縁から、当社が調査をお手伝いすることになったのです。それが発端となって、2012年、永平寺と森ビルとの間で『永平寺をめぐる環境の再構築を構想する<禅の里>事業』がスタートしました」

福井県・永平寺町・永平寺~三者一体のまちづくりをコーディネート

永平寺門前の再構築プロジェクトの一環として、1600年代の古地図に基づき旧参道を再生

永平寺門前の再構築プロジェクトの一環として、1600年代の古地図に基づき旧参道を再生

かつては年間約140万人を数えた永平寺の参拝者も、近年は減少の一途をたどっている。一方で、北陸新幹線金沢開業を機に高速交通インフラの整備が進み、「福井しあわせ元気国体」(2018年)や東京五輪(2020年)の開催も予定されるなど、国内外から観光客を誘致できる絶好の機会を迎えている。

これを好機ととらえた福井県は、国内外での知名度が高く、県を代表する観光地でもある永平寺の存在に着目。永平寺門前の魅力アップを図ることにより、「2025年までに観光客を80万人に増やす」という目標を掲げた。

「福井県、永平寺町、永平寺の3者が話し合いを重ねた結果、『永平寺門前の再構築プロジェクト』が発足しました。この全体の基本計画策定と総合調整を、森ビルが担当することになったのです」

このプロジェクトの狙いは、永平寺の周辺を、江戸初期の面影を遺しつつも新しい魅力を放つ空間として生まれ変わらせることにある。
その第一弾として、1600年代の古地図にもとづき、永平寺川沿いの旧参道を再生。また、永平寺川のコンクリート護岸を石積みに改修し、水辺の景観の改善を図る。さらに、門前には外国人にも対応できる宿泊施設を新設し、一般の人が禅に触れる機会を提供していくという。

「川や道、宿泊施設の整備をバラバラにやっていては、高いクォリティの空間を作ることはできない。統一感のあるまちづくりを行うためには、全体を俯瞰して取りまとめるコーディネーターが必要です。
森ビルは六本木ヒルズなどのプロジェクトを通じて、地権者の方々と何十年にも渡る交渉を重ねながら、まちづくりのノウハウを培ってきました。専門家や企業とのネットワークを活用して全体をコーディネートし、課題を解決する力――それが森ビルグループの強みだと考えています」

地方「らしさ」を活かして、各地で駅前や商店街を再活性化

森ビルグループが地方のまちづくりに取り組むのは、もちろん、これが初めてではない。
森ビルは東京都港区を拠点として再開発事業に取り組んできたが、「地方のまちづくりを手伝ってほしい」というラブコールに答えて、1998年に森ビル都市企画を設立。その第1弾として、岐阜駅の高架下の再開発による『ワールドデザインシティ・GIFU』を2000年に完成させた。

2007年には『岐阜シティ・タワー43』が竣工。この複合ビルはCCRC(※)の機能を持ち、デイケアやターミナルケアなどの医療福祉施設や高齢者向け賃貸住宅、分譲住宅などから構成される。高齢化が進む地域における1つのソリューションとして構想されたものだ。

こうした複合ビルの建設のみならず、同社では商店街の再活性化プロジェクトも手がけている。2012年、高松中央商店街の一角を最整備した『丸亀町グリーン』も、そのひとつだ。
「『丸亀町グリーン』では、商店街の路面や空間構成を大胆に変更。人々が憩えるよう、商店街に面した中心部に広場を作り、交流人口や定住人口を増やすため、住宅の整備やホテルの誘致も行いました。この商店街は自転車の通行量が多く、安心して買い物ができる環境ではなかったのですが、開業に当たって自転車の乗り入れを規制した結果、若い子連れのママさんが増え、商店街の活性化につなげることができました」

※CCRC:Continuing Care Retirement Communityの略。高齢者が健康なうちから住み、介護が必要になっても継続してケアを受けられる施設のこと。

400年以上の歴史を誇る高松丸亀町商店街を再開発した「丸亀町グリーン」400年以上の歴史を誇る高松丸亀町商店街を再開発した「丸亀町グリーン」

再開発成功の鍵は、「新しいライフスタイル」を提案できるかどうか

森ビル都市開発 取締役開発企画部長・田中敏行氏森ビル都市開発 取締役開発企画部長・田中敏行氏

とはいうものの、まちづくりとはいわば“地場産業”。気候風土や環境、歴史もちがえば人口規模や年齢構成もちがう。東京発のノウハウをそのまま地方に横展開しても、成功するとは限らない。各地の事情に合わせて“最適化”を図り、独自のソリューションを練り上げることが求められる。

「ブランド力のあるテナントを誘致できれば、それなりに都会的な雰囲気を持った施設ができるのですが、経済効率が低い場所に、誰もが行きたくなるような店を誘致することは難しい。今、我々が再開発を手がけているのは県庁所在地で、人口40万以上の都市が中心。それ以外の地域でも我々が事業化できるかどうかは、今後の課題ですね」

近年、再開発事業におけるキーワードの1つに、「コンパクトシティ」がある。生活に必要な機能を集約させ、職住近接型のまちづくりを進めることによって、空洞化した市街地ににぎわいを取り戻そうという取り組みだ。
だが、コンパクトシティの実現を目指して再開発を進めても、実際には「寄ってくる人もいれば寄ってこない人もいるという、まだらな状態」と、田中氏は語る。

「地域の人たちが、本気で駅前や伝統ある商店街の復活を期待しているのかといえば、必ずしもそうとは限らない。『やっぱり、車で行ける郊外のショッピングセンターがいい』という人も少なくないのが実情です。地元の人に受け入れられるためには、再開発によって新しいライフスタイルを提案していく必要がある。そのニーズをうまく捉えて、地域経済や雇用の創出に寄与するべく、我々も模索を続けているところです」

東京で培ったノウハウを活かし、地域の再生に貢献したい

現在、広島駅南口Cブロック地区の再開発が進行中現在、広島駅南口Cブロック地区の再開発が進行中

たとえば、近年、自宅とも職場とも違った“サードプレイス(第3の居場所)”の重要性が注目されている。また、IT技術の進歩により在宅ワークが可能となり、地方に移住して田園生活を楽しむ人が増えている。こうした潜在的ニーズを探りつつ、「地方の再開発事業を通じて、新しいライフスタイルを提案していきたい」と田中氏は語る。

第2次安倍内閣が政策の目玉として「地方創生」を掲げたこともあり、同社にまちづくりの支援を求める声は日増しに高まっている。現在、同社では広島駅南口の再開発に取り組んでおり、2016年末には完成する見込みだという。

「森ビルが東京で蓄積してきたノウハウは、地方都市でも活用できることが多いと考えています。たとえば、森ビルの事業は、“ヴァーティカル ガーデンシティ(立体緑園都市)”という哲学がベースとなっています。これは、空中・地上・地下それぞれに最適の役割を担う垂直型の都市機能を持たせることで、人にも環境にも優しい豊かな空間が出現する、という考え方です。この手法を東京だけでなく地方都市でも展開することで、たくさんの人がまちに集い、さまざまな交流の中から新しい発見があるような、生き生きしたまちに育てていくことができれば。東京で培ったまちづくりのノウハウを活用することで、地方のまちづくりに寄与できる部分は多々あるのではないか、と考えています」

少子高齢化や産業の空洞化が進み、日本の地方都市は深刻な人口減少に直面している。地域の”崩壊”を防ぐためにも、新たなまちづくりによる活性化への取り組みは待ったなしの状態だ。
そんな中、地域に不足するノウハウを提供できるという点で、森ビルグループが果たすべき役割は大きい。
同社が地方都市や歴史ある門前町と連携することにより、地域をどのように変えていくのか。今後の取り組みに、引き続き注目していきたい。

2016年 01月03日 11時00分